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ヴァイオリンの弓の毛(弓毛)は消耗品です。どんなに高価な弓毛でも、使い続ける
弓毛は必ず劣化します。弓毛の状態は音色と発音に直接影響するため、適切な時期に
張り替えることが、美しい音で演奏するための重要な条件です。
そして何より重要なのは、弓毛の毛替えは正しい演奏技術の習得のためには、
必ず考慮されなければならないということです。
弓毛の寿命は、演奏頻度や演奏環境によって大きく異なります。
毎日2~3時間練習するプロやアマチュア上級者の場合、6か月~1年程度で
張り替えるのが一般的です。
そして現在、多くの奏者は以下のような基準で弓毛を張り替えています。
・定期的に張り替える(半年ごと、1年ごとなど)
・演奏会や発表会の前に張り替える
・弓毛が切れて本数が減ってきたら張り替える
・弓毛が汚れてきたら張り替える
・音の立ち上がりが悪くなる(弓で擦弦しても音の鳴り始めが遅くなる)
・音色が劣化してくる(クリアな音が、かすれたような音色になる)
・松脂を塗っても滑りやすくなる(弦への食いつきが悪くなる)
・弱音が弾き難くなる(繊細な表現ができにくくなる)
・強い音を出そうとすると潰れやすくなる
・弓毛が切れて本数が減っている
・弓毛が伸びきっている(巻き革と毛箱が離れ過ぎている)
・弓毛が汚れている(手の脂や松脂で変色している)
・弓毛の表面が滑らかになっている(本来の細かい鱗状の表面が失われている)
そうしたなか、ヴァイオリンの弓毛には、毛替えの判断で考慮すべき点が
あります。そして、こうした考慮すべき点はヴァイオリンの演奏技術習得に
大きく影響するのです。
ヴァイオリンの美しい音を出すためには、弓を弦に対して直角に保ちながら、
駒と指板の間の適切な位置(sul tasto から sul ponticello の範囲で中間地点)で
一定の圧力と速度で弾く必要があります。
この中で特に重要なのが「弓と弦の直角関係」です。弓が弦に対して斜めになると、
音色が劣化し、雑音が混じり、音量も不安定になります。
そして、正しい運弓では、弓のどの位置(弓元、弓中、弓先)で弾いても、
同じ音色と音量が得られる必要があります。
そして弓毛は天然の馬の尻尾の毛でできており、その表面には顕微鏡で見ると細かい
鱗状の構造があります。この鱗状構造が松脂と組み合わさることで、弦への適切な
摩擦が生まれ、ヴァイオリンの音が鳴ります。
そのため弓毛に対する松脂(松ヤニ)の塗り方としては『ヴァイオリンの松脂
(松ヤニ)の正しい塗り方 襤褸(ボロ)が出る』で書いたように
松脂を細かく動かしながら塗るのは弓元と弓先だけで
弓央の周囲では何故かスゥ~~~ッと松脂を滑らせてしまっているのは誤りで
松脂を細かく動かしながら弓元から弓先まで均一に塗らなければならず
さらには弓先から少し手前の演奏でよく使う部分については再度念入りに
松脂を細かく動かしながら塗り重ねなければいけないのです。
そのように松脂を弓毛全体に十分に均一に塗ることによって、私も師事した歴史的
名教師であり、その系譜は今なお名奏者を輩出し続けている鷲見三郎先生が仰られて
いらした「弓は弦の上で引きずる」だけという、決して押しつけない運弓が実現
できるのです。そしてさらに『ヴァイオリンの運弓(ボーイング ボウイング)の
練習』で書いたように、私も師事し、バッハの無伴奏の歴史的名演を遺された
ヘンリク・シェリング先生が仰られていらした「弓が楽器の上を勝手に動いている。
けれども、それでは私が演奏したことにならないので、仕方なく、弓の動きを妨げ
ないように、弓に軽く右手を添える」弾き方か実現できるのです。
これには3つの考慮すべき点、正確には、2つの考慮すべき点と、それが反映した
見た目での判断基準となる点が存在します。
既述のように弓毛の表面の鱗状構造が松脂と組み合わさることで、弦への適切な
摩擦が生まれます。したがって、一定期間の演奏によってこの鱗状構造が摩耗する
と、松脂を塗っても弓毛表面に定着しにくくなります。その結果、松脂をきちんと
塗っても、弦の上で弓毛が滑るように感じられ始めた場合、毛替えの時期だと
判断されます。
(なお
『3.5が決め手の夢のような松脂(松ヤニ)』ならびに
『ヴァイオリン(バイオリン)が響き鳴る おすすめ?最高?究極?異次元?の
ミラクルスーパーマルチ松脂(松ヤニ)!』で取り上げた
オールドマスター シャルドネ(Old Master Chardonnay Rosin)と
オールドマスター メルロー (Old Master Merlot Rosin)を塗布した場合は
弓毛が摩耗してもなお通常の擦弦が得られるため、この基準に当て嵌まりません)
既述のように弓毛の表面に均一に松脂を塗ってもなお、弓を単純に弦上に置いた場合
弓先(ヘッド)側ほど自重がかかりにくく
弓元側ほど、巻き線・巻き革・毛箱・スクリューの存在などで自重がかかり易いなか
弓毛が伸びてしまうと、そうした弓元の毛箱を中心とした各種部品の重量がより多く
作用することによって、てこの原理で弓先側に自重がかかりにくくなります。そして
そのため、そのような状態で運弓しようとすると、必要以上に弓先に圧力をかけよう
としてしまい、運弓技術に偏りと癖がついてしまう危険性があります。
既述の第一や第二の点での弓毛の劣化が進行すると、弓毛を少し緩めただけでも、
弓毛の表面がワカメのように波打って来ます。
『99%が知らないヴァイオリン上達の秘訣と『革命的ヴァイオリン入門教本』の
真実』でその理由について詳しく書いたように、ヴァイオリンの弓毛は向こう側に
倒して弾く必要があります。
そのため、弓を構えた状態で、演奏者側から見て、下掲の写真の下方により多くの
圧力が掛かり、そこから徐々にその圧力が上方の残りの弓毛にも伝わります。
そして、毛質によっては最初から大きく湾曲しているものもあるので、毛替え直後に
弓毛を少し緩めた時の状態と比較して、弓毛の表面がより一層ワカメのように波打つ
状態が下から上に広がって来ます。
上掲の写真は、そうしたワカメ状態が下から上に4/5ほど広がっている例で、
毛替えを必ず行うべき状態を示しています。
判断基準としては
全幅の2/3程度までであれば、毛替えの必要はなく
全幅の3/4程度まで広がると、毛替えの必要な時期に入っており
全幅の4/5程度まで広がると、毛替えを必ず行うべき状態だといえます。
ヴァイオリンの運弓は、弓のどの位置でも均一な音色と音量を出せることが、
目指すべき運弓技術の基盤となります。
そして弓毛が劣化していると、以下の2点で、運弓技術習得の進行を大きく阻害
してしまいます。
前項の「弓毛の摩耗」によって、弓毛が弦を十分に擦れなくなってしまうと
弓毛に圧力を加えないと擦弦できず、弓毛が弦の振動を妨げてしまうようになる
前項の「弓毛の伸び」によって、弓先で弓の自重が十分にかからなくなると
弓先で圧力を増さないと擦弦できず、弓毛が弦の振動を妨げてしまうようになる
こうした事態を回避するためには
「弓毛」の状態が毛替えも含めて適切であることは当然ですが
「松脂」の塗布も十分であることも重要です。
そしてそのうえで
「運弓」の技術の指導が適切であることも求められます。
基本的には弓の自重だけが弓毛に加わり、それが弦に伝わることを基本として
それを弓先と弓元、あるいは奏法上の必要に応じて多少加減するだけの範囲に
留めることが求められます。そして、弦は左右だけではなく上下にも振動している
ことを念頭に置かなければいけないのです。
ですから、シェリング先生が仰るところの、弓が弦上を勝手に往復しているところに
手を添させてもらっている状態を目指すことが必要であり、そのためには右手を自然
に前に出しただけの状態が理想であり、手首を過剰に曲げさせる状態は可能な限り
回避しなければなりません。
その点で、右肘の位置については、過剰に上げることも下げることも避けなければ
なりません。
しかし、一部の指導者においては、口頭での指導、あるいは人形を吊るしたり、
なかには水の入ったペットボトルを吊るしてまで「右肘を下げなさい」と教える
レッスンを受けたことがあるという報告を多数耳にします。
弦は左右だけではなく上下にも振動していて、その振動を妨げないようにすると
いう、ヴァイオリン演奏で物理的に求められるべき状態に照らすと、そうした
「右肘を下げなさい」という指導は、例えば身長が180cm近くあるような
大柄な人の場合には、楽器と弓のサイズの都合上求められることがあっても、
それ以外の場合には、絶対に行ってはいけない指導であることは明らかです。
弓毛の張り替えは専門の職人(弓職人)に依頼する必要があります。
優れた職人は、演奏者側が普段気にしない(気づかない)点にまで配慮を行って
くれるので、信頼できる職人にあっては以下の確認は不要ですが、念のため
演奏者側において最低限確認すべき点を以下に列記しておきます。
モンゴル産の白馬の尻尾が最高品質とされていますし、さらに高額で最適とされる
弓毛も各種存在します。しかし重要なことは、松脂を適切に塗った状態で、
弓元~弓央~弓先まで弓の自重を基本として十分な発音が出来ることが必要です。
しかし、用いている弓の性能が悪かったり、自身の演奏技術が未熟な場合は
その限りではありません。
演奏する状態に弓を張って、棹が右か左に僅かにでも歪むことがない状態が
適切な毛替えです。ただし、演奏を重ねて弓毛の片側の本数が減ってくると
棹が歪むことがありますので、毛替え直後の状態で判断する必要があります。
なお、用いている弓が最初から曲がっている際には、この限りではなく
加熱による反り直しの修理が求められることもあります。しかし弓によっては
そうした反り直しの修理によって音色がややくすんだり曇る場合があります。
理想的な分量では、弓毛が張られた幅の上下の両端が、まるでピザの耳のように
わずかに盛り上がるほどに張られていることが望ましく、このような十分な弓毛に
よって、より一層弓の自重だけで擦弦できるようになります。
ただし、用いている弓があまり高品質ではない場合は、そのような分量の弓毛を
張ることができなかったり、できても棹の反発力の少なさからかえって弦の振動を
妨げてしまうこともあるため、そこまでの分量は張れない場合もあります。
弓毛が長すぎると、【弓毛の毛替え――その考慮すべき点】の「弓毛の伸び」で
述べたように、弓先で弓を押えつけることになってしまいます。
これは毛替えを行う職人の技術だけの問題ではなく、演奏する場所の湿度の影響も
十分に考慮する必要があります。
職人は季節に応じて弓毛の長さを調整しており
多湿時期…弓毛が伸びるため、わずかに短く張る
乾燥時期…弓毛が縮むため、わずかに長く張る
という対応を行います。ただし、前述の「弓毛の伸び」による悪影響を避けるため、
過剰に長くしないことを前提としています。
ところが、近年は空調が過度に効いた室内で演奏することがあり、その場合、
過乾燥により弓毛が縮み過ぎてしまい、スクリューを外れるほどに回しても、
あまりに縮み過ぎた弓毛によってフロッグ(毛箱)がサムグリップ(巻き革)に
衝突して(引っ掛かって)しまい、演奏後に弓毛を緩められないほどになる事例も
報告されています。演奏する場所の湿度が40~60%の範囲内であることを確認し、
そうした湿度のなかで数十分以上演奏した状態で、弓毛の張り方が適切であるか
どうかを判断する必要があります。
これまで述べてきたように、弓毛の毛替えは単に使用期間だけで判断されるべき
ものではありません。弓毛の摩耗、伸び、そしてワカメ状の広がりといった劣化の
サインを正しく認識し、適切な時期に張り替えることが重要です。
また、弓毛の状態を正しく維持・管理することは、弓の自重だけで擦弦するという
ヴァイオリン本来の運弓技術(ボーイング ボウイング)の習得に直結します。
劣化した弓毛のまま練習を続けると、弓先で過剰に圧力をかける癖や、弦の振動を
妨げる弾き方が身についてしまい、正しい演奏技術の習得を大きく阻害します。
イワモト ヴァイオリン教室では、弓毛の状態も含めて、正しい運弓で美しい音を
出すための総合的な指導を行っています。
子どもから大人まで、趣味で習う方から専門家を目指す方、そして指導者の方も
含めてすべての方にこうしたヴァイオリン本来の奏法と、それに関わる知識や技術を
丁寧にお伝えしています。
東京都狛江市にある美しい音色・正しい音程・伝統の奏法重視の
「イワモト ヴァイオリン教室」
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